アナログとデジタルの隘路に

出版業界(の片隅)の人です。主に(紙の)書籍と電子書籍、および興味のあるデジタル周りについて書きます。twitterアカウント @haru_taroh

【読んだ】『ケヴィン・ケリー著作選集 1』/フリーなのにこの充実感

 

電子書籍専業出版社の達人出版会発行『ケヴィン・ケリー著作選集1』を読んで、大変得るところが多かったので以下そのご紹介。

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まずは、最大の特徴がフリーだということ。

これは、ビジネス的に無料の値付という戦略をとったいうよりは、オリジナルのブログがCreative Commonsライセンスで公開されている(から有料にはできない)という理由によりますが、一般的な新書並みのクォリティーと分量のあるコンテンツが無料で流通するということは、やはり衝撃的です。

もともと翻訳者の堺屋七左衛門氏がネット上で公開していたものなので、そもそも無料だったといえばそれまでですが、Eコマース上のプラットフォームに有料の商品と同等に展示されることはインパクトが大きい。

従来から、電子書籍業界でも「立ち読み機能」や「第1話(章)無料」(続きが読みたければ買ってね)というマーケティング手法は一般的ですが、それをさらに敷衍させて、プラットフォームそのものの認知度を上げるという目的で投入されたのだと思います。実際、電書業界界隈では大いに話題になっているようですし、十分にマーケティング的には「元が取れた」のではないでしょうか。

あまつさえ管理人も、当書籍と同装丁で紹介コメントに「対象読者:『ケヴィン・ケリー著作選集 1』を読んで楽しめた人」とあった『情報共有の未来』を思わず購入してしまいましたww。


続いては著者のケヴィン・ケリーについて.。

といっても、本書に出会うまでは、不勉強にも聞いたことのない名前。しかしながら、『Wired』誌の元編集長との経歴を見て、発言のクォリティーの高さにも納得。『Wired』といえば、今でも『WIRED.jp』にはデジタル周りの情報収集でお世話になっていますし、紙媒体の雑誌『日本版WIRED』も復活してから欠かさず(といってもまだ2号ですが)購入している身なので、勝手ながらケリー氏にも親近感を抱いてしまいました。

話はそれてしまいますが、休刊前の『日本版WIRED』も「爆笑問題の日本原論」が連載されていて、大変楽しみにしていたのが懐かしい。

いずれにせよ、30代から40代にかけてののデジモノ好き男子の心には、「WIRED」文化がかなりの部分で根付いているのではないかと思いますし、そういう意味で、ケヴィン氏の主張がストンと腑に落ちるのは当然なのかもしれません。


最後に印象に残った部分の紹介。

もちろん、第1章の「無料より優れたもの」や第2章の「千人の忠実なファン」も素晴らしいのですが、管理人は特に第12章の「つながるための技術」に感銘を受けました。

以下管理人なりの要約です。

  • まず、途上国の貧困には、インフラの一極集中が前提条件としてある
  • そこで携帯電話(=「つながるための技術」)を普及させたら、貧困が改善された
  • すなわち携帯電話という「技術」で情報を分散させたことで富が増加した
  • 技術の発展には、多額の補助金は必要ない。なぜなら、携帯電話の購入資金を融資しただけで、豊かになれたのだから
  • すなわち、貧乏人で儲けるのではなく、貧乏人と儲けることができる
  • 技術は「つながり」を増やし、その「つながり」はより生産性を向上させる

インターネットの発明以降、指数関数的に情報技術は進歩し「情報の分散・解放」は進んできました。これからもその歩みが止まることはないでしょう。ということは、この章での主張に則れば、世界は豊かになっていくことが可能だ、ということではないでしょうか。もちろん、途上国が経済成長を遂げるであろうことは織り込み済みでしょうが、富が移動するのではなく「全体的に」豊かになっていく、ということは大きな希望だと感じます。

逆にいうと、途上国ほどのインパクトはないものの、日本だってこれから情報技術(=つながるための技術)の革新の恩恵は受けることができるわけですから、緩やかかもしれないけれど十分に豊かになり続けるチャンスはあるということでしょう。これまでの、「先進国が途上国を搾取する」「新興国が発展し、代わりに先進国が凋落する」という二項対立の見方を払拭することができるというのは、実は大きな価値観の転換ではないでしょうか。

締めに、本章の掉尾を飾る言葉のご紹介。実に味わい深く余韻の残る言葉ですね。

つながりを増やす技術は、役に立つものである可能性が高い。今のところ、そうでない例を一つも思いつかない。