アナログとデジタルの隘路に

出版業界(の片隅)の人です。主に(紙の)書籍と電子書籍、および興味のあるデジタル周りについて書きます。twitterアカウント @haru_taroh

【読んだ】成功も失敗もすべて「偶然」の結果?/早川書房『偶然の科学』

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グレーを基調としたシンプルな装丁に、帯には

アップルの復活劇には、ジョブズが偉大だったこととは必ずしも関係がない。

なぜ「あんな本」がベストセラーになるのか?

と扇情的なコメント。

思わず、一目ぼれで即買いしてしまいました。

第一印象からは、

『その数学が戦略を決める』とか

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『競争優位で勝つ統計学』

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というような統計学的な要素が強い内容かと思い込んでいましたが、むしろ社会学的アプローチから様々な事象について切り込む、という内容でした。

というのも、著者をよくよくみると、『スモールワールド・ネットワーク』で一世を風靡したダンカン・ワッツではないですか。社会学的要素が強いのも納得です。

ちなみに、本書の中でも一部(第1部4章「特別な人々」)「スモールワールド現象」に言及されており、ツイッター等のソーシャルメディアが与えた影響にも触れていますが、著者による『スモールワールド・ネットワーク~アップデート版』をがっつり読んでみたいものです。

参考記事

Facebookで「狭くなった」世界を実証

 

本書の主題はタイトルに言い尽くされていますが、通底するもう一つのテーマは「反常識」と言えます。

要するに、常識は世界観というより、つじつまの合わないしばしば矛盾した信念の寄せ集めであり、いまは正しく思えても別のときまで正しいとはかぎらない。

われわれは物事を理解していると自分では思いながらも、実際はもっともらしい物語でごまかしているだけだ。(中略)結果として、常識が実は世界の理解を妨げてしまっている。

噛み砕くと、「世の中の事象は偶然に支配されいるし、結果として起こったことについて後から理屈をつけて理論化し常識として盲信するのは馬鹿げてるよ」という主張(噛み砕き過ぎ?)が様々な事例を交えて繰り返しされます。

個人的には、この「常識と思い込んでいたものは、実はこんなに間違っていた!!」とズバッと指摘してくれる書籍には目がないのです。本書も次々と具体例を挙げながら切り込んでくれます。

その事例の一つで、一番盛り上がるのは「ソニーがVHSに負けたのはソニーの戦略ミスゆえではないし、アップルが劇的に成功したのもジョブズの才能とは関係がない」と主張する部分(第7章「よく練られた計画」)でしょう。もちろん「ジョブズには才能がなかった」と指摘しているわけではなく、ジョブズには常人にはないリーダーシップ・実行力が備わっていることは前提としつつ

優秀な戦略が成功するか失敗するかは、すべて最初の展望がたまたま正しいかどうかにかかっている。そしてそれを前もって知るのは困難というより、不可能である

と「たまたま」ジョブズの戦略が正しかっただけだ、と言い切ります。また「ジョブズは完全な成功を生み出したが、完全な失敗ももたらしえた(ソニーのベータ戦略のように)」とも。

とは言っても、著者は「世の中全部偶然なんだから努力したって無意味なんだよ」とニヒリズムに陥っているわけではなく、重要な指針も与えてくれています。それはつまり「偶然の結果生まれた成功や解決策を探しだし、共有し、広く実行することが重大な意味を持つ」ということ。著者は「測定せよ、常識に頼って推論するなかれ」と繰り返し主張します。

本書を読み進めながらであれば、「ふむふむ、常識とは全くもって予断と偏見に満ちたやっかいで憎むべき奴だなあ」と冷静に考えられますが、この姿勢を貫くことが難しいのは断言できます。

それでも、短絡的に物事の原因と結果を理屈付け、一般論に落とし込む(あまつさえそれを人に押し付ける)ことは避けるよう努力しよう、と自分に言い聞かせる動機づけを与えてくれる、そんな本書の内容でした。

本書に心動かされた方には、上記 『その数学が戦略を決める』 、『競争優位で勝つ統計学』と、「投資で成功するしないは、全くの運次第」(超要約)と喝破した『まぐれ』も併せて読むことをお勧めします。